top of page
  • Baseball-Knowledge

「排他的思想」では野球は上達しない


私は子どもの頃から「他人の指図を受けるのが嫌いな子」でした。

小学生の時から野球をやっていましたが、技術指導をされても「何か違う」と思えば指導者の指示にも従わないような本当に生意気な子どもでした。

まぁ「生意気なクソガキ」ですね。

しかし、リトルリーグ時代に当時の指導者は暖かく見守ってくれました。

「違うと思うならやらなくていい。でも違うかどうかはやってから判断しろ!」と指導され、それから「まずは他人の意見を聞いて、実際にやってみてから判断する」というスタンスで競技に取り組んできました。

指導者になってもそのスタンスは同じです。

野球は指導者ごとに様々な理論があります。皆さんご自身の理論には自信を持った方が多いので、時には「自分が一番正しい」と思い込んでいる方もいます。時としてそれは「排他的思想」に繋がってしまいます。「排他的思想」は他人からのアドバイスを遠ざけ、最終的には孤立してしまいます。

私は今年、特に野球関係の交友範囲を広げました。他チーム、または違う世代の指導者、用具メーカーの社長さん、トレーナー、メディア関係者、医師etc

投手の指導に関してはそこそこ自信はありますが、時に自分の理論を疑い、他者に意見を求め、教えてもらったことを実践してみる。そこで想定以上の効果が出たこともありました。実際に行動することで多くのことを学びました。

教えたことがすぐにできる子、なかなか思い通りの結果が出ない子、様々です。仮に結果が出なくても「あいつはダメだ」と切り捨ててしまうことも一種の「排他的思想」だと思います。見方を変え、発想を変えることで「活かせるかも知れない」と可能性を探ることは指導者にとっても成長機会です。

今は新入部員勧誘の時期です。うちはどんな選手でも歓迎します。

身体が小さい子、足が遅い子、ボール投げるのが苦手な子、バットになかなか当たらない子、どんな選手であっても彼らと向き合うことが私自身にとっても成長機会になると思うからです。そこに排他的思想は一切ありません。

「上手くいくか?」よりも「やってみる!」姿勢が重要です。

うちのチームは決してハード面では恵まれたチームとは言えません。しかし「ここで成長できるか?」は実際に一緒に練習してみて判断して欲しいです。

選手も指導者も「排他的思想」は成長の妨げとなります。


閲覧数:660回0件のコメント

最新記事

すべて表示

「できること」をやる、「考えて」やる

活動自粛から2週間が経過しようとしています。 私は職場の方も在宅勤務に切り換え得られていることもあり、家に籠ることが多くなって、仕事は捗るものの、身体を動かす機会が減っているのでどうも調子悪いです。 こんな時、選手はどうしているのでしょう? うちの選手の中には数名、私に自主練習の動画を送ってきた選手がいます。 「今、こんなことを頑張ってます!」 「自己流になっている気がして。アドバイスください!」

選手が成長するのは技術だけではない

週末は春の公式戦に向けた最後のオープン戦を行うために千葉県まで遠征しました。 うちにある故障中の1年生選手がいます。 最近、腰痛によって戦線を離脱しました。今回の公式戦出場は難しく、今回の遠征も帯同はしているものの、試合出場は見送ることにしました。 球場に到着して、鍵が開くまでの間、選手は球場周辺のスペースを使ってウォームアップを行います。当然私は選手のコンディションを診るためにアップを注視してい

「求めあうこと」より「与えあうこと」

「企業」は経営者と労働者が存在し、労働者は「労働」と「対価」のバランスによって成り立っています。対価(=給料)を貰うために労働が求められ、組織全体の生産性を高めるために会社の規則を遵守することを求められます。対価の代わりに何かしらの「権利」によって労働が報われる場合もあります。つまり労働者が「権利」を主張するのもその背景には「労働」があるからこそ成り立ちます。「労働者」「経営者」それぞれにプロフェ

bottom of page