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「野球の高度化」の功罪


私が小学生だった頃よりも

現代の学童野球は高度化している

と思います。30年以上の時が経過し、様々な事例が積み重ねられた中で選手の技術だけでなく指導者の指導技術が進化していくことは自然なことだと思います。

インターネットの普及により最新の技術や戦術の情報が図解や動画で容易に入手できるようになっています。今や日本だけでなく、海外のベースボールアカデミーで行われているメソッドを情報収集することさえも容易です。これらは競技の発展に大きく貢献していると感じます。

一方で自分自身が子どもだった頃と比べると

「野球ってこんなに複雑な競技だったっけ?」

と思うことがあります。「投げ方や打ち方などの技術論」「試合での作戦」「審判のメカニクス」「保護者の当番などのお作法」など、野球チームの中には様々な決まり事があります。それらは代々引き継がれていく中で増えていきます。

もちろんその時々で必要と思うからこそ導入されたものだと思います。

しかし「野球って難しい」と敬遠する子ども、「野球チームは親が大変」と難色を示す保護者が増えているように感じます。

関係者の努力が競技および競技団体の高度化をもたらした反面、野球自体が敷居の高いものになっては居ないでしょうか?

「マニアは全てのジャンルを衰退させる」と言った経営者も居ましたが、私も今の少年野球について同様のことを感じます。複雑化する中で「軽く関わりたい人」を遠ざけ、「これから関わりたい人」の敷居を高くしてしまったのではないか?

小学生はクイックモーションも流し打ちも必要ないのでは?そんなことよりも「指にかかったボールを無理のないフォームで投げる」「甘い球を逃さずセンターに打ち返す」ができれば十分ではないか?いっそのこと学童野球は盗塁を廃止して「投手と打者の勝負」をしっかりやったほうが良いのではないか?と感じています。

最近、このブログで技術論を書く機会が増えていましたが、

私も複雑化の片棒を担いでいたのかも知れません

心を入れ替え、もっとシンプルな価値を語っていきたいです。

※イラスト引用 http://gogon.net/


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