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競技人口減少について思うこと


私は小学校1年生の時、校庭で野球をやっていた上級生に「僕も入れて欲しい」とお願いしたところ「お前はルール知らないからダメ」と言われたのが悔しくて、当時販売されていた漫画形式のルール集を読んでルールを覚えました。そして「ルール覚えたよ」と上級生に再アタックすると、すんなりと仲間に入れてくれました。

そうなんです。競技進行の妨げにならない程度にルールを分かれば、下手でも十分仲間と楽しむことはできるんです。本来それくらいシンプルな競技なんです。

しかし「野球」は難しいと言われます。少年野球選手の保護者、特にお母さんと話していると「野球はよくわかんないんですけど・・・」という言葉がよく出てきます。ルールもまぁまぁ複雑です。細かいものは野球経験者でさえ正確に把握できていないものもあります。技術も「投球動作」「打撃理論」「守備技術」「走塁技術」など多種多彩。作戦もいっぱいあります。

チームに入れば「慣習」「しきたり」などチーム独自のルール。選手だけではなく保護者も「お茶当番」や「指導者のお弁当の用意」まで必要なチームも。「しきたり」に精通した保護者がリーダー的な存在になります。そのリーダーが「新しいしきたり」を作れば更に複雑になっていきます。

人は他人が知らないことを知っている時に少なからず優越感を感じます。私だって他人から教えを乞われれば悪い気はしません。しかしその「優越感」は一部の人の欲求は満たしているものの、競技やチームの敷居を上げ、多くの人をこの競技から遠ざけているのではないか?と思います。

もっといろんなことを削ぎ落としてシンプルにできないでしょうか?

もしかして野球を難しくしているのは我々大人ではないでしょうか?

「野球の楽しさを教えたい」という指導者もいらっしゃいます。私もそう思います。もし子供たちに楽しさを教えるために必要なことは小手先の技術や形式だけの礼儀なんかじゃなくて、我々が放課後の校庭でやっていたような「大人が介入しなくても楽しく試合できる」が本質的に必要なことではないでしょうか?

技術や作戦を鍛錬するのは、その先のフェーズではないか?と思います。


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