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「精神論」について考察する


このページで冬練習の話を書いてから「精神論」に関する質問を多く頂くようになりました。今日は「精神論」に関する私の見解を書きたいと思います。私の見解が正解という訳ではないですが、皆さんなりに「精神論」について考えるきっかけにして頂ければ幸いです。

「精神論」または「根性論」には賛否両論あると思います。「最後のひと頑張りは精神力の賜だ」という意見もあれば、「そういう非科学的なものを推進するのはいかがなものか?」という感じですかね?「肯定派」「否定派」両方の方と会話していて感じるのは「精神論」に対する解釈の相違が存在するように感じます。

それぞれの「解釈」は以下のようなものかと思います。

<肯定派>

「困難な状況において『良い結果を出すこと』のイメージを形成し、そのイメージに近づく努力を継続的に行う姿勢を支える考え方」

<否定派>

「困難な状況において、結果のイメージを持つこともなく、その状況が過ぎ去ることをひたすら耐え忍ぶ姿勢を支える考え方」

後者って「奴隷」みたいな精神状態ですよね。世の中全体で「精神力」が後者のような定義をされれば、私も「そんなものに価値を感じない」と思うので「否定派」になると思います。私は前者をイメージしているので「肯定派」です。

「良質な精神力」を形成するために大切なのは、「自発的に良い結果をイメージして、その結果に向けて主体的かつ継続的に努力する覚悟」だと思います。ここからスタートしなければ良い結果も生まれないと思いますし、状況を乗り越えた後の達成感も薄いのではないかと思います。

我々指導者はプロセスとして選手に「負荷」をかけます。しかし「負荷」をかけるのは目的ではなく手段です。「目的」として「良い結果」をイメージしてそこを目指そうとしているか?その点を見ずして「精神論の是非」は問えないように思います。


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大変ご無沙汰しておりました。約1年ぶりの投稿となりました。 まずは私の近況から。 昨年、長年指導に携わっていたボーイズのチームからポニーのチームに移籍しました。 現在指導に携わっているチームは『Player's Future First』を徹底し、指導者自身が積極的に学ぶ姿勢を継続するスタッフに囲まれて、私自身、一層野球が好きになりました。チームの理念に賛同する選手も徐々に増え、夏にはポニーの選手